転:あるジェスタ高司祭の疾走と英断。
「12地区まで火が回ってるぞー! 応援頼む!!」
「負傷者の救助を優先させろ! 急げー!」
大声をあげて、ジェスタ信者達がチームを組み消火活動を続けていた。普段なら類焼を防ぐ為に建物を壊すのだが、頭
地区はそれなりに地位のある者の屋敷が乱立しているので迂闊にそれも出来ない。普段は口地区を担当しているジェス
タ高司祭の隊長は、上手く作業を進められない事に歯噛みした。
「隊長!! 消火間に合いません! 火が壁際まで…!」
「水噴射、リャノ信者だけじゃ間に合わねぇ! 所在がはっきりしてる魔術師、天候操作が出来るミュルーン、とにか
くありったけに声かけろ! この町に生きてる奴なら、協力しろって脅しかけてでも連れて来い!!」
「はっ、はい!!」
部下に怒声に等しい指示を与え、厳しい目で現場を見遣る。辺りはかなりの建物が、炎によって崩れ落ちかけている。
「隊長! 4地区の類焼、収まりました!!」
「よーしっ!! 8地区まで転戦だ、俺も確認終わったらすぐに行く!」
「「「はい!」」」
走っていく部下達を見送る間もなく、彼はまだ無事な家を一軒一軒確認し、逃げ遅れた者がいないか探し続けた。
「おーいっ! 誰かいないかー!!?」
『………すけて…たすけて……さま…』
「!!」
炎が巻き、残骸が崩れ落ちる中、確かに声が聞こえた。子供だ!
「どこだー! どこにいる! もう一度でいい、叫べぇ!!」
必死に一個一個の窓に取り付き、辺りを探す。彼は敬虔な青の月の神ジェスタの信仰者だが、この時はそれと対を成す
赤の月の神、幸運の神タマットのご加護があったようだ。それほど時間をかけず、部屋の中に倒れている人影を発見で
きた。
ガシャーンッ!!
自分の給料ではどう足掻いても手を出せないだろうガラス窓を作業用のハンマーで躊躇い無く割り砕き、炎が降ってく
る部屋の中へ飛び込む。中は書庫らしく、殆どの蔵書が炎の糧になっていた。
「しっかりしろ! もう大丈夫だからな!!」
先程の声が最後の抵抗だったのか、床に倒れ伏して動かない小さな身体を抱き上げる。すぐに脱出しようとして、がく
んと抵抗があり、何かと改めて腕の中の子供を見て―――驚愕した。
「なん…っだこりゃあ!!」
少年の細いとしかいえない足に、重く無骨な鎖がつけられているのだ。鎖の先は部屋の壁に埋め込まれ、鎖の範囲でし
か動けないようにされている。尚且つ炎で鎖が熱を持ち、痛々しい火傷を少年の足につけていた。
「…ふざけんなっ! 誰だか知らねぇが、こんなとこで死なせねぇぞぉっ!!」
考えるより先に彼は行動に移した。少年を再び床に寝かせ、ハンマーで思い切り鎖を叩く。彼がどんな理由でここに閉
じ込められていたかは知る由も無いが、ここで逃げることすら許されぬまま炎に巻かれて死ぬ事が彼の運命なのだとは、
到底思えなかった。
頑丈な鎖をがんがんと叩きながら、彼は必死に祈る。偉大なるジェスタよ、どうか自分にこのか弱き子供を守り通す力
を!!
バキンッ!!
祈りは月に届いた。鎖は割り砕かれ、子供の戒めは無くなった。今にも崩れ落ちそうになっている本棚を掻い潜り、彼
は子供をしっかりと抱きしめて脱出したのだった。
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