>オープニング・フェイズ

北の大地のほぼ中心に位置する弦月市の、都心から大分離れた幹線道路の近くに、鳴鈴高等学校がある。
それなりに問題もなければ成果もない、実に平均的なこの高校は、現在近々開催される予定の文化祭に向けて準備の余
念がない。
校舎の一番端にある2年D組でも、午後の授業を潰して出し物決定の為の会議が開かれていた。
「はーい皆注目ー! 文化祭に何やりたいか、意見ある人手ぇ上げてー!」
壇上に立った議長は、このクラスの委員長でもある佐々木苺花。短く揃えた髪をピンで留めた、綺麗よりも可愛いとい
う形容が似合う女子である。この手の会議は余程熱心な人間が沢山いないと盛り上がることはない筈なのだが、人望も
厚く、元気のいい議長の声に押されてか次々と手があがる。喫茶店やオバケ屋敷というスタンダードから、カレーパン
屋やヨーヨー釣りなど変り種まで。
こういう場所にいると、思わず自分が普通の高校生であると錯覚してしまう、と高里基子は心の中だけでそっと呟いた。
彼女はこのクラスの生徒であるが、同時にこの弦月市のオーヴァードを束ねるUGNの支部長でもある。この学校に入っ
たのも、校内に少数であるが存在するオーヴァード達の監視と統制を取る為。それだけの筈だった、のだが。
(…この生活が、悪くないと思っている自分がいる)
オーヴァードである友人も、それを隠さなければならない友人も出来た。弱みを作ることは足を掬われる原因になるこ
とも解っているのに、その優しさを心地良く思う。…所詮は、仮初の生活であるのに。
(らしくないな、情けない)
不毛な思考に落ちそうになった自分を取り戻し、ふと横を見ると斜め後ろの窓際席に、やる気無く足を机の上に投げ出
して惰眠を貪っている藤倉京也がいる。脱色した金髪をヘアバンドで押さえた、見るからにヤンキーにしか見えない男
だ。基子がその無作法に眉を顰め、起こしてやろうかと逡巡しているうちに苺花が話を再開させてしまった。
「んー皆良いけど、もっとうちのクラスらしい、オリジナリティ溢れる意見が欲しいなあ」
「はーいはーいはーい!」
「はい矢作ー!」
前の席に座っていた矢作史明がぶんぶんと手を大きく振る。そのどう見ても子供にしか見えない仕草に、クラスのあち
こちから笑いが起きる。これでも立派に他のクラスメイトと同年代で、且つ日本有数の矢作グループにて一つの会社を
切り盛りしている社長だとはとても見えない。苺花にびしっと指差され、史明はすっくと椅子から立ち上がって胸を張
る。
「ここはやっぱり、今流行りのモノをやるべきだと思うのですよ!」
「ふむふむ。そのココロは?」
「ありがちな喫茶店を思い切り斬新にする! ずばり! メイドカフェ!!」
「「「「おおおおおおおお!!!」」」」
拳を握って力説する史明の台詞に、男子生徒達が色めき立つ。しかし彼の意見は更に続く。
「メイドさんは全員男子! 女の子はウエイター! 逆転の発想っ!」
「「「「ぎゃああああああ!!!」」」」
僅かに見えた天国の扉からあっさり地獄の底へ突き落とすこの仕打ち。
「逃げは不可! 全員強制で!」
「誰がやるかボケェエエエッ!!」
ぱくーん!!
「ほぅっ!!」
阿鼻叫喚の教室で流石に目を覚ましたらしい京也が、布製ペンケースを思い切り史明の後頭部に炸裂させた。痛みの為
に史明は机に突っ伏して呻く。「良くやった藤倉!」と男子から歓喜の声援が漏れる中、す、と基子が手を上げた。
「意見、良いかしら?」
「はいどーぞ、トコちゃん!」
苺花の笑顔と親友に向ける渾名に促され、基子は立ち上がると重々しく口を開く。
「…藤倉がどう考えても気持ち悪いので、反対」
静かに、だがきっぱりと言われた言葉に、クラス一同沈黙し黙考する。

…身長180cm、脱色した金髪に目つきの悪いヤンキー但し、メイド服。

「「「「…………うわぁ…」」」」
何ともいえない溜息がクラス中から漏れる。中々の精神ダメージだ。
「…一応礼は言っとくぜ、高里」
「えーキョーちゃん似合うと思うけどなぁ」
「寝言言うのはこの口かコラ縦に伸ばすぞ」
「ふひょあいひゃい〜」
エプロンドレスの脅威から逃れる事が出来たらしい京也が安堵の息を吐き、余計な事を言った史明の口が抓まれて伸ば
されているのを見て、苺花が急にぽん!と手を叩いた。
「そーだ! はーい議長だけど意見出します! 喫茶店プラス、お笑いってのはどう!? 流行りモノ繋がりで、ステ
ージ作って飛び入り可にして!」
「あ、面白そうかもー!」
「でも出る奴いるかぁ?」
「落研に知り合いいるけど頼んでみよっか?」
ざわざわと好き勝手に話し合うクラスの面々に対し、苺花はやはり笑顔を絶やさずに頷いた。
「うん、うちのクラスからは既に一組出せるし! コンビ名は当然【おぎや○ぎ】で!」
びしーっと指差したその先には、未だに不毛なじゃれあいを続けている史明と京也。
その瞬間クラスは再び黙考する。彼ら全員の脳裏に写るのは、ひょろ長い眼鏡の男が二人、シュールにボケとツッコミ
を繰り返すその姿。
「「「「ぶははははははっ!!!」」」」
「それ良い!」
「委員長最高!」
「おぎや○ぎだよ〜!!」
「な、コラちょっと待てェ! 勝手に決めんなッ!」
「はーいだったらオレ小○(ツッコミ)やるー!!」
「てめェは名前から骨の髄までまごうこと無き矢○(ボケ)だあああァ!!!」
すっぱーん!
盛り上がるクラスに対する京也の反対意見は、元気に呼応した史明へ放った自らの裏拳ツッコミで封じられた。この瞬
間、彼らの中で即席お笑いコンビの方向性が確定されたのだった。
ぱちぱちと拍手があちこちから漏れ、やがて割れんばかりの歓声と共に広がる。京也が我に返った時には既に遅し、黒
板に書かれた喫茶店(+お笑い・おぎや○ぎ)の文字の上には、委員長の手によってご丁寧に赤チョークで確定の花丸
がつけられていた。
ちなみに基子はますます盛り上がる教室の中、「おぎや○ぎ」とは何なのだろうと考えていた。史明とは別口で二束の
草鞋を履く彼女は俗な知識が少々疎い。議会が終わったら苺花に聞いてみようと思いつつ、窓の外の空を眺めるのだっ
た。






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