>クライマックス・フェイズ 【エッグ・マスター】

「紅い霧の有効範囲は、せいぜい十数メートル。それ以上は効果が続かない。散布される前に封じてしまえば!」
グラウンドの外れ、プールの裏に隠されていた卵の起爆装置を基子が抜き去る。卵がにやりと笑って爆発する一瞬前、
「苺花!」
「任せて!!」
ジュワァッ!!
苺花の拳が、真っ赤に灼熱する。その手が卵を握りつぶした瞬間、紅い霧はあっという間に蒸発して霧散した。
「…やったあ! これで後一つだよ、トコちゃん!」
「ああ…」
快哉を叫ぶ苺花の声に、基子の頬も僅かだが綻ぶ。すぐに鴉の鳴き声が聞こえ、気を引き締める事になったが。
「クワァッ!!」
「あ、あれ藤倉のじゃない?」
「最後の一つを見つけたのか!」
鴉はもう一度一声鳴いて、ぐるりと旋回して二人を導く。駆けてその後を追っていった先、とんでもないものを見る羽
目になる。
グラウンドにはまだまだ沢山の生徒が作業の為に残っていた。真ん中にキャンプファイヤーの櫓が立てられ、殆どがそ
の周りに散らばっている。
最後の卵は、まさにその中。櫓の中、半ば地中に埋まる形で仕掛けてあったのだ!
「うそ…ねぇトコちゃん、あれ今までのより断然大きくない?」
「これが本命か…!」
爆発すればどれだけの被害が出るか解らない。尚且つ周りに一般人が多ければ、駆除作業も出来ない。
ここまで来て、と歯噛みする二人の頭上で、もう一度鴉が何かを呼びかけるようにクワア、と鳴いた。


×××


ギキキキキィイイッ!!!
「うわったったっ」
急ブレーキの為、危うく史明の身体がサイドカーから落ちかける。かなり危険な止まり方をやらかした犯人は、しかし
史明の方に目を向けずぎっと正面を睨んでいる。
「あ…」
史明もすぐに気がついた。人気のない裏門に、スキンヘッドの男が嫌らしい笑みを浮かべて立っている。その手で、あ
の紅い卵を三つ程弄びながら。
「漸く来てくださいましたねぇ…さぁ、そちらを渡して貰いましょうか」
「テメェが元凶か。漸くお出ましかよ」
「アナタにあげる薬はありませーん。べーだ」
敵意を剥き出しにする京也と史明に、男=エッグ・マスターこと堂島は笑みを絶やさない。
「そちらの社長さんにはご説明した筈ですが? ここの学生全員と交換だと。私が一言命じれば、一番大きな卵が爆発
しますよ?」
「…その前にテメェをぶっ殺せば済む事だ」
ざわり、と京也の周りの空気が緊張する。ぶちぶちと何かが弾ける音がして、彼の右腕が鉤爪の生えた獣の手に変わる。
「矢作ィ! とっととそれ持ってけ!」
「あいさー了解!」
叫びながら、京也は敵に向かって駆け出す。史明も何の躊躇いも無く、校舎に向かって―――ザザッと行く手を塞ぐF
Hのエージェント達にたたらを踏む。
「ああもう、急いでるのにぃ…」
ズガガガッ!!
「くたばりやがれェ!」
「ハハハ…! せいぜい足掻いてください!」
堂島は従者と共に攻撃を仕掛け、手数の足りない京也を押していっている。どうするか、と辺りをぐるりと見回して―
――校舎の窓からひょっこり出てきた顔に、史明の頭脳は普段より比べ物の無いほど早く回転し、作戦の閃きによる笑
顔を見せ。
「キョーちゃん! パァアアアス!!」
「んなっ!?」
「は…!?」
何の躊躇いも無く、薬とデータの入ったトランクケースを、堂島と切り結ぶ京也に向かって投げつけた。その余りにも
突拍子も無い行動に堂島も周りのエージェントも動揺して目を見開く。そして、史明の暴走には慣れている京也は先に
我に返ることが出来た。
「ちっ…!」
舌打ちしつつも、しっかりとそれを受け取った瞬間すかさず史明が叫ぶ!
「上―――っ!!」
自然に京也が視線を動かす。校舎の窓からひらひらと手を伸ばしている人影を確認し、瞳に理解の色が浮かぶ。
「成る程、なっ! オラァ受け取れ、玖堂ぉ!!」
獣の因子を持った豪腕が、躊躇い無くケースを空に―――正確には校舎に向かって投げつける!!
「しまっ…!」
慌てて堂島が京也を攻撃しても、もう遅い。黒いトランクはくるくると空を飛び―――
「…! ナイスピッチング」
過たず、校舎の窓から身を乗り出していた真琴の手に収まり、彼女はすぐに踵を返して校内に戻った。
「おのれ…! 爆弾を、」
「させるかァ!」
傷を負っているにも関わらず、京也は怯まず攻撃して隙を作らせない。更に京也の傍まで逃げてきた史明が、特大の雷
を堂島に向けて叩き込む!
ズバァン!!
「ぐぐっ…!」
「キョーちゃん、思いっきりやっていいよ!」
「ハ、言われなくてもそのつもりだっ!」
弾む史明の声に答えるように、京也は制服の上着を脱ぎ捨て、衝動の赴くままにべきべきとその身を獣に変じる。シャ
ツが弾け飛び、その姿は、一つの首の目と口を縫い閉じられた、双頭の狼に変わった。
「残念ですねェ…こんな乱暴なやり方は好みでは無いのですが」
自分の企みを破棄されたにも関わらず、堂島は笑っている。
「貴方達全員片付けて、それからゆっくり薬を頂きましょうか」
堂島と共に、辺りに散らばる卵達が同じような笑いをにやりと浮かべた。


×××


真琴は素早く保健室に駆け込むとトランクを開ける。確かに入っている抗レネゲイド剤にUGNスタッフが歓声を上げ
るところ、真琴は一つだけアンプルを抜き取って、今度は保健室の窓に駆け寄る。そこからは、グラウンドとキャンプ
ファイヤー用の櫓、その前に佇む基子と苺花、そしてすぐ傍に京也の鴉がいた。
「あの二人、呼んで」
鴉は得たりとぐるりと回り、一声大きく鳴いた。それに気付いた二人が振り向いたのを確認し、真琴は手に持っている
それをひらひらと振る。
「トコちゃん、あれって…」
「まさか」
その正体に二人が気付く前に、真琴はアンプルの瓶を―――思いっきりぶん投げた。
「なーっ!!」
慌てて苺花が飛び出し、はっしとそれを受け取る。窓からその光景を見ていた真琴は、満足げに親指を立てた。
「グッジョブ、じゃなくて! もーっ、トコちゃんこれお願い!」
「全く、無茶をするっ!」
基子にアンプルを手渡して、苺花は駆け出す。真琴が指差した先にいるだろう犯人と、仲間達の下へ。基子は逆方向に
駆け出し、キャンプファイヤーの櫓の中に躊躇わず腕を突っ込む。アンプルの瓶から針を伸ばし、巨大な紅い卵に突き
刺した!

―――――――――――

ぶるり、と一度だけ卵が震え。
その姿を灰色に変え、ぐずぐずと崩れ落ちていった。勿論霧は広がらない。完全に消失してしまった。
「…やった…」
心底、安堵の息を吐く。守り、切れた。平凡で、退屈だけれど、かけがえのない日常を。
「いや、まだだ」
僅かに頭を振るって立ち上がる。苺花に続き、恐らく敵と切り結んでいるだろう仲間達に合流しなければ。
と、櫓の中から顔を出した時、
「あの〜…何やってるんですか?」
「あ…いや」
心底訝しげに文化祭実行委員の腕章を付けた生徒に問われてしまい、流石に冷や汗を流す基子だった。


×××


ドシャアッ!とエージェントが地に伏せる。
「やりますねぇ…ですが、もう限界なのではありませんか? お二人とも」
「じょーだんっ…まだまだ平気ですぅー」
『最後はテメェだ…覚悟しやがれ!』
雑魚を全て片付けた史明と京也が啖呵を切るが、二人とも満身創痍。対する堂島はまだ致命傷を負っておらず、くくく
と喉の奥で嫌な笑いを漏らす。
「いい加減楽になったらどうですか? ああご心配なく、そちらの社長さんは殺しませんよ。新しい脅迫の材料になっ
て頂きます」
『は…そりゃ拙いな。あの秘書だったら一も二も無く言う事聞いちまう』
「あう、否定できない」
『してくれよ頼むから』
「できないから、頑張ってねキョーちゃん」
『人使い荒いっつうの…ったく』
「…まだ余裕があるようですね。そちらのお友達を殺してあげれば少しは言うことを聞いて貰えますかね?」
獣の姿のままの京也といつも通りの漫才をする史明に、流石の堂島も苛立った声を出す。それを聞いて、二人は同時に
にやり、と笑った。
『そりゃ、余裕あるよなぁ』
「だよねー。…キョーちゃん、かがんでっ!」
鋭い史明の声に、躊躇い無く京也は頭を下げる。
「いっけええええ!!」
その上を、掛け声と共に真っ赤な炎の弾丸が飛び越えていく!
「な――――――ッ!!」

―――ドゴオォン!!

「ぐはぁっ!!」
炎の弾丸の直撃を受け、堪らず堂島は転倒する。
「二人とも、大丈夫っ!?」
「イチカちゃん、ナーイスタイミングっ!」
『っしゃあ! 手伝え委員長! 決めるぞっ!!』
漸く現場に辿り着いた苺花は二人に駆け寄り、その拳に炎を再び灯らせる。その目に怒りはあれど躊躇いは無い。再び
爪を構えた京也と共に、何とか起き上がった堂島へ向かい駆け出す。
「貴方にどんな理由があっても、何も知らない人を巻き込むような勝手だけは許せないっ! わたしは絶対に許さない
!!」
『いい加減、地獄へ落ちやがれええええっ!!!』
「おのれええええええええええ!!!」
怨嗟の叫びを、炎と爪が切り裂き。


ドゴガァッ!!!


「がはっ!! …強い、ですねぇ…私の負けに、しておき、ます、よ…!」
最期まで人を嘲笑う笑みを消すことなく、堂島―――エッグ・マスターは事切れた。
辺りに散らばっていた彼の従者も、ぐずぐずとそのまま潰れて消えていった。








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