>ミドル・フェイズ4 【番犬<ガーディアン・ドッグ>】
基子と苺花が学校を駆け回っているその頃。
バイクで矢作製薬の本社まで来ていた二人は、対照的に来客用のソファに腰掛けていた。勿論、寛ぎからは程遠い心情
だったけれど。
「キョーちゃん、イライラするのは良くないよー」
「いつまで待たせんだよ、あの秘書は…」
ぎ、と銜えた煙草のフィルターを噛み潰して京也が毒づく。制服のままで中々度胸があるが、中学時代からの友人であ
る史明の家であるここには良く訪れていて、社長のお友達ということで目溢しされている。
「三崎は悪くないんだってー。一応まだ発表してない薬だからさ、持ち出すのに色々手続きいるのー」
「面倒臭ぇ…こっちは急いでるってのに…」
「イチカちゃんのこと心配だから?」
「あのヤロウ、割に合わねぇ無茶ばっかしやがるからな。危なっかしくて…って何でそこで委員長の名前が出るんだよ
!!」
ぽろりと口から本音を零してから、慌てて史明の胸倉に掴みかかる。うきゃははは、と心底嬉しそうに笑う史明は、何
がそんなに楽しいんだコラという京也の凄みに笑ったまま答えた。
「楽しいよー。だってイチカちゃんと仲良くなってから、キョーちゃん良く笑ってるもん」
史明の言葉に、一瞬京也は表情を無くし。史明の襟から手を外し、煙草を深く吸い込んだ。
「…キョーちゃんも、楽しいことは我慢しなくても良いと思うよ?」
襟を直しながら、史明はぽそりと呟く。京也も前を向いたまま、「解ってらぁ」と一言だけ呟いた。
京也には、双子の兄弟がいた。名前は恒也。双子というものはお互いの区別をつけたがるものだというが、彼らは逆だ
った。容姿も性格も嗜好も殆ど同じで、尚且つそれを楽しんでいた。二人は常に対等で、どちらが兄で弟かすら決めて
いなかった。当時知り合った史明は必ず二人を間違えて呼んでしまい、区別を付ける為に京也の方にヘアバンドをつけ
るように頼んだ程だ。祖国から離れた外国の地で、見つけることが出来た友人同士だった。
馬鹿をやりながら、馬鹿のように笑う、そんな生活は比較的すぐに終わりを告げた。…他ならぬ、FHの陰謀によって。
足がつかないと思われたのか、地元のストリートキッズ達と共に誘拐され。無理矢理オーヴァードの力を覚醒させる実
験台に使われた。
京也は覚醒した。血を操り、獣に変じる力を手に入れた。だが恒也は、出来なかった。それが唯一と言っていい彼ら双
子の差異だという、何とも皮肉な話だった。
同じく覚醒した史明が気付いた時、周りには誰もいなかった。恒也も、仲間達も、FHのエージェント達も誰一人おら
ず。
ただ、双頭を持つ狼が、泣きながら辺りに飛び散った血と臓物を啜っていた。
京也はその時のことを良く覚えていないと言う。僅かな自覚はあれど、認めたくないのだと史明は思う。
だから史明も何も言わなかった。自分も覚えていないと惚けた。京也が聞きたいと言うまで黙っていようと思った。
日本に帰ってきてから、史明はこの製薬会社を興した。…オーヴァードに覚醒する悲劇を、出来る限り止められるよう
に。
「申し訳ありません、遅くなりました!」
正面の扉が開いて、三崎が現れる。間髪いれず、京也と史明は同時に立ち上がった。過去に心を遊ばせている暇はもう
無くなったから、今は、悲劇の連鎖を止めることだけを考える。
「こちらをお持ちください。患者の人数分と、爆弾の数だけの抗レネゲイド剤及び、製薬データのダミーです。専門家
が調べない限り判別は難しいかと」
アタッシュケースを開けて、中に入っているデータディスクとワクチンの注射を確認し、頷いて受け取った。
「ありがと、三崎!」
「行くぞ矢作!」
「裏に史明さんのサイドカー付バイクが用意されています。お使いください」
投げられた鍵を前を向いたまま受け取り、京也が走り出す。ケースをしっかり抱きしめたまま史明も続く。
会社を飛び出し、京也が大型バイクに跨り、史明がサイドカーにちょこんと納まった時、後ろから物凄いブレーキ音が
聞こえた。黒塗りの車が何台も、こちらに向かって走ってくる。
「早速かよ! でも遅ぇっ!」
「行こ、キョーちゃん! 三崎ぃ、あとよろしくーっ!!!」
史明の声が響く前に京也はエンジンを吹かした。ドップラー効果で名を呼ぶ主の言葉に答え、三崎は何の躊躇いも無く
道路の真ん中に立ち、眼鏡を外した。
「…史明さんに、ご心労をかける輩共が」
ブレーキすらかけず突っ込んでくる車に、冷ややか過ぎる視線を投げかけて。
「これ以上私を怒らせない方がいい…後悔したくないのなら」
それだけ呟き。内に眠りし魔獣の力を、解放した。
三崎弘介。元UGNエージェントであり、最強の<番犬(ガーディアン・ドッグ)>と呼ばれた男である。
その力は常に、主を守ることのみに使われるのだ。
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