>ミドル・フェイズ3−1 【バタフライ・フェイク】
保健室には、次々と昏倒した生徒が運び込まれていた。用具室の一件があった後、今度は裏門の辺りで同じ爆発があっ
たらしい。同じく買出しから帰ってきていた、数人の生徒が犠牲になった。彼らは一様に意識を失い、苦しそうに息を
弾ませている。
「…どうだ?」
事件が起きてから、すぐに基子はUGNより医者を呼び、症状を調べさせた。支部長の声を受け、医者は躊躇いながら
も容態を告げた。
「…オーヴァード化の症状に似ています。人をオーヴァード化させる、薬か何かを使われた形跡があります」
予測は出来ていた事だったが、全員息を呑んだ。
「…<エッグ・マスター>か。…苺花、その『卵』は堂島という名前を言ったんだな?」
「うん。『私は堂島様の忠実なしもべです』って」
「しもべ?」
「<血の従者>だ」
京也の腕に負った火傷に不恰好ながらも包帯を巻いていた苺花が、ありのままの事実を告げる。眉を潜める基子に対し、
答えたのは京也の方だった。
「間違いねぇ。堂島って野郎は<ブラム・ストーカー>のオーヴァードだ。テメェの従者を爆弾代わりにして、薬をば
らまいてやがる」
京也も同じく<ブラム・ストーカー>の因子が備わっている。自分でも使える能力の為、すぐに思い至った。
「名前と、能力が解った。これでかなり絞り込める」
基子も頷き、素早く支部と連絡を取る。ニ、三言話して、すぐに切った。
「<エッグ・マスター>改め堂島の捜索は続行する。矢作、抗レネゲイド剤の準備は?」
「もう終わってるよん。血液のデータは全部本社に送ったから、もうワクチン作り出してる」
ぱたんと丁度良いタイミングでノートパソコンを閉じ、史明はびっとピースサインを出して見せた。
「良し…苺花と私は爆弾を探す。どんな性能なのかまだ解らない上、或いは本人が出てくるかもしれん。油断は出来な
い。玖堂さんはここに残って、患者と研究員の護衛を頼む」
「うん、解った! 任せて、トコちゃんはわたしが守るから!」
「合点承知〜」
口調を改めて告げられる基子の「命令」に、苺花も真琴も躊躇いなく返事を返す。矢作以上に直接戦闘力の無い基子に
は一人で歩き回るのは無茶だ。逆にどんな効果があるのかまだはっきりしない爆弾に対しては、薬品に対する基子の分
析力が頼りになる。
「矢作と藤倉は、抗レネゲイド剤の運搬を頼む。患者は衰弱が激しくて動かせない。一刻も早く、ここまで運んできて
くれ」
「爆弾の方、手が足りなくねぇか?」
「敵の本当の目的は薬の奪取だ。恐らく、私達がこういう行動に移るのも想定内だろう。矢作一人では危険すぎるし、
向こうのスタッフに運ばせるわけにもいかない」
「だねー。キョーちゃんボディガードよろしく!」
「チッ、仕方ねぇな…」
不満そうに舌打ちしつつも、京也は右手の親指を口元に持っていって、がりっと噛み破る。じわりと浮かんだ血を適当
な壁に擦り付けると、それはぶくぶくと泡立ちながら、赤黒い鴉の形を取って京也の腕に留まる。
「卵か、うちの人間じゃねぇ不審なヤツがいたらすぐに高里か委員長に知らせろ。―――行け!」
命令に従い、鴉は一声鳴いて窓から飛び出す。これも<血の従者>の使い方だ。
「有難い。他に質問は? ―――無ければ、これより行動開始!」
「うんっ!」
「おーけい」
「っしゃ!」
「はーい!」
基子の宣言に四者四様の答えを返し、彼らは動き始めた。
>ミドル・フェイズ3−2 【ストロベリィ・キャンドル】
「トコちゃん、まだ沢山校内に人残ってるよね?」
「ああ…」
廊下を駆けながら、苺花と基子は小声で会話する。擦れ違う人達は、苺花は兎も角普段落ち着いている基子が走ってい
る姿を見て驚いているが、やはり祭前の慌しさということでスルーされているようだ。
爆発事件は、回収を素早く済ませたおかげで校内にはまだ広がっていない。しかしまた爆発が続けば時間の問題だろう。
下手をすると、校内の人間全員の記憶操作をしなければならないかもしれない。
「UGNで、何とか皆を避難させられないかな?」
「いや、大きくUGNを動かすと堂島に気付かれる。それに――――」
「それに?」
走りながら俯いてしまった、滅多に見られない基子を意外に思い苺花が促す。基子は困ったように眉を寄せて、やはり
小声で言った。
「…楽しみにしていたでしょう、文化祭」
普段の口調で、ぽつりと。迂闊に騒ぎを大きくして、誤魔化しきれないところに行ってしまったら。皆が望む祭よりも、
脅威を防ぐ為に時間が費やされてしまう。自分はそうなることもやむを得ないと思うけれど―――数日前の、本当に楽
しそうにクラスの出し物を決めたり、自分に色々な話を教えてくれた声を思い出すと。何としてもこのまま、この事件
を解決しなければならないと思っていた。
「……………」
苺花はとても驚いて、目を見開いていたけれど。やがて顔中を笑顔にして、走りながら基子の手をしっかりと握り締め
た。
「…苺花?」
「…がんばろっ。絶対爆弾全部見つけて、犯人ぎゃふんと言わせちゃおう!」
「………えぇ…!」
前を向いたまま、はっきりと言う苺花の宣言に、基子も力強く頷き。手を繋いだまま、二人は走り出した。
×××
犯人はかなり事前に爆弾をセットしておいた可能性が高い。つまり、仕掛けるのならば人目に付き難い場所。一個目は
グラウンドの外れの用具室だったし、二個目は裏門のポストの中だった。
そして三個目は―――静まり返った理科準備室の中だった。
「あった…!」
「起爆装置は…単純だ。これなら決められた線を抜けば、爆発は止められ」
ぶちっ。
「これでいい!?」
「……………当たったから、良かったけど」
話を最後まで聞かず、何の躊躇いもなく思い切り配線を引っこ抜いた苺花に、先刻の誓いが既に後悔に代わってしまう
基子であった。
「でも、これで―――」
『実は私は自爆能力があるのです』
「「…!!」」
安堵の息を漏らしかけたところに、卵が不気味な声で囁いた。
『まったくもって無駄な作業でしたな。ご苦労様でした。ハハハ…!!』
パァアン!
嘲笑う声と共に、卵が弾けた。今回は爆発といっても熱や痛みを齎さない。ただ紅い霧を部屋中に散らしただけだ。既
にオーヴァードである彼女達には何の痛痒もない、けれど。
「…悔しい〜!! 何よこいつ〜!!」
「爆弾を無力化するには、抗レネゲイド剤がやはり必要か…」
悔しそうに歯噛みし、基子は窓の外を仰いだ。
「急いでくれ…!」
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