>ミドル・フェイズ2−1 【双頭の魔狼<オルトロス>】

時間は瞬く間に過ぎていった。
授業が殆ど潰れて文化祭準備に追われることになり、学校中に活気に満ちた空気が広がっている。
そんな中基子以下オーヴァードの面々は、学校に現れる可能性のある不審者を探していたが、捗らなかった。例え祭前
で浮かれているとしても、学校は部外者のチェックには厳しい。それに加えてチームを組んで校内を巡回しているが、
痕跡は愚か気配の一つも感じ取れない。
「ん〜、アレ以降全然犯人からのアクション無いんだよねー。多分UGNに通じてることは気付いてると思うんだけど」
レレレのおじさんの如く箒をしゃかしゃか動かしながら、矢作がぼやく。銀のスプーンを銜えて生まれてきたという形
容に相応しい家のご子息は、自分でやる掃除も結構楽しいものらしい。
「やっぱ狙ってんのは文化祭当日じゃねぇの? 一番怪しまれずに入れるじゃねぇか」
こちらはやる気なく、ちっとも動かしていないモップに顎を預けて掃除をサボっている京也。脅迫されてこちらから手
を出せない状況というのはストレスが溜まる。しかもそれがいつ始まりいつ終わるのか全く解らないのだ。多かれ少な
かれ、全員似た様な苛立ちを抱えていた。
「だとすると生徒や先生だけじゃなく、お客さん達にも被害が広がる可能性があるんだよねー」
「チ…うざってぇ。UGNの情報網はどうなんだよ?」
「…今の所、有益な情報は少ない。ただ、<エッグ・マスター>と思しき人物がH空港に降りたのは確からしい」
雑巾で黒板を拭き、飾りつけの指揮を執っていた基子が僅かに声を潜めて答える。H空港とはこの市の玄関口の一つで
ある、国内でも大きな部類に入る国際空港だ。そこまでは確認できたが、何処に潜伏しているのかはまだ掴めていない。
「結局そこで手詰まりかよ…使えねぇ」
「ただいま帰還〜」
「うぉぅあ!?」
京也の悪態に基子が眉を顰め、やや不穏な空気になった時、京也の肩からいきなりんにゅい、と首が生えた。思わず叫
び声を上げてしまった京也に加え、基子や史明も驚きに仰け反る。オーヴァードである彼らにすら全く気配を感じさせ
ず、教室に戻ってきたその人は。
「買出し任務、達成」
両手に下げたスーパーのビニール袋を誇らしげに掲げ、えへんと豊かな胸を無表情のまま張って見せるのは玖堂真琴。
彼女もこの学校このクラスに在籍するオーヴァードの一人だが、他の四人とは一線を画している。別に敵対などをして
いるわけではなく、単に凄まじくマイペースで、自分のテンポで行動する、どこか超然とした雰囲気があるのだ。黙っ
ていれば美少女なのにどこかエキセントリックな性格を併せ持ち、尚且つ剣道部のエースと言う肩書きも持っていたり
する。
「お、おうよ、ご苦労。…って、委員長どこ行った?」
真琴と一緒に買出しに行った筈の苺花の姿が見えない。荷物を受け取りながら尋ねる京也に、真琴は眼鏡をきらりと光
らせながら、ふ。と口元を引き上げて笑った。
「苺花ちゃんは帰り際に、南里ティーチャーのお達しで外の用具室へ行きましたよ? グラウンドで白線引きを使うそ
うで」
「ぁあ? あいつまたパシられてんのかよ…ったくしゃあねぇな」
担任の名前を出して説明する真琴に対し京也は呆れたようにがしがしと頭を掻き、預かっていた荷物を更に史明に全て
預け、ぎゅむーと潰れるのにも関わらずどかどかと大股で歩き去ってしまう。勿論モップはほっぽり出したままで。
「…、こら藤倉、掃除をサボるな…!」
はっと気付いた基子が指摘した時には既に遅く。
「…青春だねぇ」
「…青春ですなぁ」
「…まことちゃん、狙ってた?」
「…何のことでござりますか?」
「うふふふふふふ」
「―――――ふっ」
目線を遠く空に遊ばせながら、何故かとても楽しそうに笑いあう史明と真琴。
「…前から思っていたんだけど…貴方達、仲が良いわね」
「…………え゛。…やだなぁモトコちゃん、冗談キツイよぅ」
「…………もとさん、なんて恐ろしい事を…」
素直な感想を呟いた基子は、何故か二人から同時に不満と非難の視線を浴びせられて、珍しく狼狽するのだった。




>ミドルフェイズ2−2 【ストロベリィ・キャンドル】

「よっ…と…」
どう見ても自分の両腕には余るダンボールを抱え、苺花はどうにかバランスを取った。用具室に向かう間、忙しそうに
駆け回るクラスメートから、用具室に返しておいて欲しいと預かった荷物だ。誰かに頼まれたりすると嫌とは言えず、
かつてきぱきと物事をこなす事を身上とする。紛れもない委員長体質の苺花は、嫌な顔一つせず嵩張る荷物を抱えて階
段をゆっくり下りていく。
何せ巨大な箱のせいで足元が見えない。つま先をそっと伸ばして、段を確認しつつ降りていくしかない。
気をつけて、気をつけて――――手摺を見て、もう少しで階段が終わると安堵して―――目算を誤った。
ずるっ!
「きゃ、!」
「っ、このバカ!」
ぐいっ!!
「ぐえっ」
思わず女の子らしくない悲鳴を上げてしまったが、無理もない。段を踏み外し、危うく落ちそうになった所で、階段の
上から思い切り襟首を引き上げられたからだ。狼藉を働いた張本人――――勿論全速で階段を駆け下りてきた京也は、
はぁっと安堵の息を吐いてから、大人しく苺花を階段の踊り場に立たせた。
「何やってんだ、危ねぇ」
「はー…藤倉、ありがと。助かったー」
険のある声で貶されても何も気にした様子もなく、苺花はにっこり笑って礼を言う。真っ直ぐ向けられる目から視線を
逸らしながらも、京也は舌打ちを一つして苺花の手から箱を奪い取る。
「え、良いよ! わたしが頼まれたんだし」
「危なっかしくて見てらんねぇんだよ。用具室に行きゃ良いんだろ?」
すたすたと早足で歩く京也の足取りは全く緩まない。その後を慌てて追いかけつつ、苺花の顔は自然に緩む。思わずぴ
ょんと一歩飛んで、京也の前に回りこんでもう一度礼を言った。
「ありがと、藤倉」
「…っせぇよ」
ばつが悪そうな顔で、尚更荒くずかずかと歩いて行く。その歩みに早歩きで追いつきながらも、苺花は心に去来する微
かな慕情を思い返していた。
「なんかさ、藤倉見てると思い出すんだよねー」
「あぁ?」
「こう、いっつも傍にいる時はそっぽ向いてるのに、いざって時に助けてくれるとことか」
「……………」
「ケンタも藤倉みたいに、大きくて、力持ちだったよ」
「…誰だよ、そいつ」
ふと横に視線をやると、苺花の丸い瞳が酷く懐かしそうに、切なそうに眇められていて。何故か、京也の心臓の横にあ
る何かがぎしりと軋んだ。意識せず棘を纏った声を出してしまったが、苺花は気にする様子も無く言葉を続けた。
「うん。本当、家族みたいに一緒だった…あ、写真あるよ。見て?」
躊躇い無く差し出されたのは生徒手帳に挟んである写真。今よりもかなり幼く見える苺花の傍で佇んでいるのは、

金色の毛並みを持つゴールデンレトリバー。

「それ共通点図体と毛色しかねェだろオイイィイ!!」
両手を荷物で塞がれている為つっこみも出来ず京也が叫ぶ。何だか自分の大切なものが思い切り踏み躙られたような気
がした。
「可愛かったんだよ? わたしが小学校上がってすぐに死んじゃったけど…」
「………もういいお前喋んな…」
どんなに可愛がっていたとしてもペットと同ラインに見られるのは、大変宜しくない。それが憎からず想っている相手
に言われればなおのこと。がくりと肩を落としたまま京也はのろのろと、苺花は何も気付かずしゃきしゃきと、渡り廊
下を歩いて行くのだった。


×××


荷物をどさりと部屋の片隅に置き、京也は腰を伸ばした。
無駄に労働以外の言動で疲れたが、終わってしまえば大したものでもない。
「行くぞ、委員長」
「ちょっと待って、白線引き…あれ?」
部屋の隅に立てかけてあった白線引きをごろごろと引っ張り出した時、苺花は違和感を覚えた。只でさえ埃っぽく狭苦
しい用具室の中に、見慣れないものがある。
ぱっと見、時計だと思った。何の変哲も無い、暗がりでもはっきり見える電光板を使用したデジタル時計。しかしそこ
から伸びた線が、変なものに繋がっていた。
「…なにこれ。卵?」
正しく、卵だった。つるりと丸く、ニワトリの卵と同じぐらいの大きさの球体。ニワトリのそれと違うのは、その卵自
体が毒々しい紅色をしていたこと。
「…ねぇ、藤倉? これ、何だと思う?」
酷く、嫌な予感がした。声の端が震えるのを必死に堪え、問うた。苺花の異常に気付いたのか、訝しげに苺花の傍を覗
き込んだ京也も、目を見開いた。
「…あんま、考えたくねぇんだけどよ。ドラマとかじゃ、こんな形してるよな」
「やっぱ藤倉もそう思った? わたしも考えたくないんだけどさ」
「…同時に言うか」
「…うん、解った。せーの、」
『ご推論の通り、私は時限爆弾です』
「「どわああああっ!!」」
嫌な結論に達しようとしていた二人の間に、第三者の声が入り込んだ。その存在は、先刻から二人の傍にいた―――紅
い卵。つるりとした表面に、にやりと嫌らしげな笑いを浮かべる口が出来ていた。
『私は"クリムゾン"。FHエージェント、堂島様の忠実なしもべです』
「堂島…? それが<エッグ・マスター>の名前!?」
「しもべだと…そうか、こいつは」
流暢な自己紹介をする卵に向かい問い詰める苺花に対し、京也は何かに気付いた顔をした。卵は気にした様子も無く―
――口はあっても目が無いのだから当たり前かもしれないが―――更に言葉を続けた。
『同じ爆弾がこの学校にあと五個仕掛けられており、順々に爆発していきます』
「何それ!? そんなこと絶対させな―――」
『ちなみに私はすぐに爆発します』
苺花の言葉を遮るように、卵は宣言し。
「―――! 下がれ、委員長!」
「うわ…!」
咄嗟に京也が苺花の腕を引き、守るように抱え込んだ瞬間。

ッパアン!!

意外と軽い音を立てて、卵が爆発した。
「――――チッ!」
シュウシュウと辺りに紅い霧を撒き散らし、卵は粉々に砕け散っていた。
「…藤倉! 怪我はっ!?」
自分が庇われたことに気付いた苺花が声を上擦らせるが、京也は軽く首を振るだけで応えた。事実そんなに爆破自体の
ダメージは無く、皮膚を硬質化させるまでも無かった。せいぜい制服が焼け焦げた程度だ。
「何ともねぇよ。しかし何だこの霧―――」
ドササッ、と何かが倒れる音が用具室の外から聞こえた。一瞬だけ顔を見合わせ、二人で部屋を飛び出す。
部屋の外には、紅い霧を吸い込んだらしい一般の生徒が、青い顔をして倒れていた。





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