Master 運命の生贄
 
 
 
 
 
数年前の鞍上村――――
その日も、土砂降りの大雨だった。
八つ又の川、かなりの下流、その畔に村長をはじめ村人全員が集まっている。
夏休みに村に帰省していた直も、その人垣の中にいた。



「水神様の呪いじゃあ…」
「瑞希さんは、やぁこちゃんの代わりにお怒りを受けなさったんじゃあ…」
「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」



畏れと悲しみに慄く村人達の人垣の真中、もう冷たくなった妻を抱き締めて泣く七貴がいる。その光景に、誰もが俯かざるを得なかった。
増水した川に落ち、溺れてしまった。現状を表すのなら、ただそれだけのこと。
しかしそれが、水杜の家の女であるということが、村人達の畏れを加速させる。
そんな馬鹿なと一笑に伏したくても、死という事実がそれを許さない。



「おかーさーん!!」



その時、雨を切り裂く少女の叫びが聞こえ、直ははっと我に返る。気がついた時には人の間を縫い、小さな少女が走りこんできた。
考えるより先にその体を抱きしめて、止める。



「やぁこちゃん、見ちゃいけない、見ちゃ駄目だっ…!」
「おかーさん! おかーさぁあん!!」



細い直の腕の中で、少女は必死に泣いて暴れる。桑野に頼んで家にいるように言い聞かせたが、不安と恐怖に耐えきれなかったのだろう。
そして今この状況で、母に降りかかった厄災が何であるかも、彼女には解ってしまった。
直には何も出来ずただ少女の体をきつく抱き締めることしか出来なかった。








やがて、数日が過ぎ、雨は嘘のように上がった。
遠くに、細く上がる煙が見える。葬儀が漸く、終わった印だ。
直は八重子と二人で、ぼんやりと家の縁側に座っていた。
あの日、泣くだけ泣いて気絶するように眠ってしまった少女は、ぼうっとしたまま、それでも直の傍から離れない。



「…なおにい」
「うん?」



ぽつ、と呟かれた名前に頷くと、八重子はまだ虚ろな目に、それでもいっぱいの涙を浮かべていた。
それを痛ましく思う暇もなく、彼女の口から恐ろしい言葉が紡がれる。



「おかーさん、やぁこのかわりにしんじゃったの?」
「っ……!」
「みんな、ゆってるよ。おかーさんは、やぁこをまもるために、かみさまのところにいったんだって。
ねぇ、やぁこがいたから、おかーさんはしんじゃったの? やぁこのせいなの…?」



…村人達を責めるわけにもいかない。彼らは彼らなりに、大切な少女を元気づけたくて、告げた言葉なのだろう。
それでも、少女にとってその言葉はまだ、重しにしかならない。



「そんなことない…!」



堪らなくなって、直はもう一度八重子を抱き締めた。



「やぁこちゃんは悪くない…! やぁこちゃんは何にも悪くない…!」
「おかーさん…おかぁさぁん…」
「俺が守るから…やぁこちゃんは絶対、俺が守るから…!」



彼に出来るのは、また泣きだした少女に、そうやって誓いを告げることだけだったのだけれど。
それでも八重子は、その温かい腕の中で、安心したように瞼を閉じた。



 
 
 

 
 
⇒Middle07