Master03 水入り





部屋の調度品はかなりの数が砕け散っている。
上質の絨毯は焼け焦げが付き、目も当てられない状況だ。
ソファにも無数の爪跡が残っているのに、其処に座っているリリムは一度も腰を浮かせること無く、美味な紅茶を飲み干している。
彼女の視線の先には、部屋の中央で立っている無傷のサミュエルと、その腕に首を掴まれ持ち上げられている満身創痍のくゆがいた。



「愚弟が。少しは反省したか」



ぐいと血まみれの首を引き寄せた瞬間、血混じりの唾がサミュエルの頬に当った。
意識も朦朧としている筈なのに、屈することなど無いと、その唇は嘲笑を保ったままだ。




「…所詮、淫婦の子か」




表情を動かさず、サミュエルは何の躊躇いも無く、その力の抜けた体を床に叩きつけようと振りかぶる。
と、その腕をマニキュアを塗った手がすっ、と止めた。
大した力が篭っているようにも見えないのに、止められた。




「そこまでにしてね。約束してるの」




サミュエルは動かず、自分の腕を押さえる相手を振り仰ぐことも無い。
そんな弟の態度は全く気にせず、リリムはやはり微笑んで、言葉を続けた。




「それにサミュエル? 貴方今、私達の母様を侮辱したでしょう?」




顔に浮べる笑みは、無邪気な少女にも妖艶な娼婦にも見える魅力的かつ奇妙なもの。
しかし、言葉に込められたものはそれとは裏腹な、魔王と大淫婦の娘として相応しい凄みだった。




「いくら弟でもそれだけは許せないわ」

「…失礼致しました。ご無礼をお許しください」




その声はやはり何の感情も篭っていない、平坦なものだったけれど、リリムはええ、とにっこり微笑んだ。




「それならいいわ。絶対に、『貴方は』殺さないでね?」

「私は殺しません。それで宜しいですね」




肯くリリムを確認してから、くゆの身体を、ずっと部屋の隅に控えていた執事の人形に向かって無造作に放り投げた。





「グールの群れに吊るしておけ。良い餌ぐらいにはなるだろう」






⇒Middle04