黄昏が迫る教室。
一人の眼鏡をかけた少女が、自分の席に座り本を読んでいる。
表情は静かだ。その視線は本に据えられたまま動かない。
指は順繰りにページを捲り、やがて最後に辿りつく。
ふぅ、と満足げに息を吐き―――少女は、にやり。としか形容できない笑みを浮かべた。
「…これだ」
黄昏の輝きに、眼鏡が怪しく光った。
今宵はホームラン
カキンッ、という澄んだ音が屋内に響く。
休日のバッティングセンターには、暇とエネルギーを持て余した若者や、運動不足解消に訪れたら衰えを自覚して帰って
凹んでいる会社員等多種多様な人種がいる。
しかしそれでも、大学生らしき青年と高校生らしい少女の二人連れ、しかもお互い仲睦まじく見目も麗しい、所謂どこか
らどう見てもカップルにしか見えない者はとても珍しかった。
「急にバッティングセンターに行きたいなんて、相変わらずいきなりだなぁ」
言葉だけなら責める風にも聞こえるが、その声はどこまでも優しく甘やかだ。目の前の少女が愛しくて仕方ない、という
表情で青年―――松永祐也は隣を悠々と歩く少女を見やった。
「『バッテリー』も良いが、『おお振り』も中々」
その視線を受けたのかいまいち解らない返答をし、眼鏡をかけた傍目で見るだけなら美少女で通じる娘―――玖堂真琴は
にやり。と笑った。
「またあの…ほら、『イベント』で新しく本を出したりするのか? 〆切大丈夫か?」
「心配御無用。既に30%引きで入稿は終わっている。まぁ、突発コピー本を出すのも悪くない」
「そうか、流石だなぁ。頑張れよ」
「うむ」
特定の人にしか解らない会話を交わすその様は、端から見ていれば紛れも無く寄り添う恋人に相違ない。ボックスの内や
外から向けられる消え切らないやっかみの視線は、しかしやがて驚愕に見開かれる事になる。
恋人であろうその二人が、ボックスの中でも一番球速のある所に、しかも一人ずつ分かれて入ったからだ。こんな場所で
のデートなど、精々男性が女性にいい所を見せたくて誘うのが定石なのだが。
「それじゃ、後でな真琴」
「健闘を祈る」
あくまで爽やかに微笑んでみせる祐也に対し、ぐっ。と親指を立てて見せ、真琴も悠々とボックスの中に入る。二人とも
荷物の中からマイバットを取り出し、気合充分だ。
機械のマウンドの向こうから、容赦なく最速140Kmの球が吐き出される。
ばしゅんっ! カキンッ!! じゃいーんっ!
「「「おおおおおお…!」」」
思わず注目していたギャラリーからどよめきが漏れる。素人では完全に振り遅れるであろう球を、祐也は何の躊躇いも無
く振りぬき、球除けの網にかかっている「ホームラン」を示す金属板に思い切り当てて見せたのだ。
「うーん、ちょっと逸れたか」
にも拘らず祐也は若干不満そうに見える。どうも印のど真ん中、「ム」の字に当てるつもりで「ラ」の字に当ててしまっ
たらしい。勿論そんな事はギャラリーが気づけるわけもないが。
「ふ、やるな。ならばこちらも」
ばしゅんっ! カキンッ!! じゃいいーんっ!!
「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」
躊躇なく真琴も同程度の球速を捕らえ、同じ的、更に「ム」の字に当てた。
「やるなぁ、真琴。こりゃ負けてられないな」
「くっくっく、相手にとって不足なし。参る」
ばしゅんっ! カキンッ!! じゃいーんっ!
ばしゅんっ! カキンッ!! じゃいーんっ!
その後も二人はジャストミートを最後まで出し続け、暫くボックスの前には野次馬達の人だかりが出来ていた。
「ふ…一網打尽。大量なり」
「おまけの景品の割りには結構良いものあるなぁ。真琴、これいるか?」
「おお、かたじけない」
ホームランの的に当てると貰える景品を根こそぎ奪った二人は、公園で戦利品の山分けを行っていた。恐らく子供用であ
ろう柔らかいウサギのぬいぐるみを祐也が微笑んで差出し、真琴も僅かに頬を赤らめてそれを受け取り礼を言う。この絵
面だけ見れば、正しきバカップル間違いなしである。…そのぬいぐるみの出所が、これで勘弁してくださいと泣きの入っ
たセンター店員からの貢物の一つであるというところに目を瞑れば、だが。
僅かに日の暮れた公園で、それでも穏やかに二人は寄り添っていた。しかし好事魔多し、得てしてこういう時に邪魔者は
やってくる。
――――ぶわっ!!
公園の中心から一気に<ワーディング>が張られる。その気配に一瞬で気づいた真琴の行動は素早かった。荷物を全てベ
ンチの上に乗せて確保するとすっくと立ち上がり、ポケットの中から文庫本を取り出す。
「祐也。暫し待て」
「ああ、解った」
落ち着いた真琴の声に、祐也は微笑みすら浮かべてベンチの上に避難する。その祐也までワーディングに飲み込まれよう
とした瞬間、真琴は手元の本をあっという間に日本刀に変じさせる。その刃先を何の躊躇いも無く、今まで自分達が座っ
ていたベンチの足に切り込ませた。
バッキイイイン!!
「…ジャストミート」
ベンチ毎飛んで行った祐也がワーディングに飲み込まれなかったことに安堵の息を吐き、満足げに真琴が頷いたところで
敵影が現れた。…若干、腰が引けていたりするが。
「い…今何をやったんだアレは」
「き、気にするな。我々の目的は“ロストマン”のみ」
「…主ら、ファルスハーツの差し金か」
「答える必要は無い。お前にはここで死んでもらう」
リーダーらしき男の冷静な声に秩序を取り戻し、あるものは雷を作り出しあるものは背に羽を生やす。自分の命を明確に
狙ってくる敵意に対し、真琴は実に悠然と構える。
「…昔の人は言いました。人の恋路を邪魔する奴は、キャノンに撃たれて死ぬがいい、と」
「な、何か違わないか?」
「どっから出てきたんだキャノン」
「動揺するな。来るぞ」
「生憎私は、キャノンは持ち合わせていないが」
いつの間にか手元に引き寄せていた真琴自身の荷物のチャックを思い切り引き開ける。そこに詰まっていたのはマイバッ
トの他に、デートなのに何で持ってきてるのというぐらいみっしりと詰まった大量の本。
「こんな事はいつでも可能だ。人の恋路を邪魔する奴は――――」
よいしょとばかりに手のひらの上に積み上げた本を、ぱーんっ!!と放り投げる。その本達は持ち主の気合に答えるよう
に、その身を見る見るうちに大量の刀剣に変える!
「―――あんりみてっど・ぶっくわーくす。身体は萌えで出来ている」
「「「そんなのありかああああああ!!?」」」
思わず突っ込む狼藉者達に、真琴はきらりと眼鏡を煌かせ。
「――――はっ」
思い切り鼻で笑い飛ばし、立てた親指で首を掻き切って見せた。
ずどどどどどどっどど。
「「ぎゃあああああああああ!!」」
容赦なく襲い掛かった無数の剣は、あっという間に敵を殲滅した。
「…成敗」
満足げに息を吐き、勝利の余韻に浸る真琴。
「…くっ、おのれ!」
「む」
咄嗟に部下を盾にした男はどうにか三途の川を渡るのを堪えたらしく、ヨロヨロと立ち上がって逃げ出す。真琴の反応が
一瞬遅れ、男は全力で駆けで念の為に真琴が張っていたワーディング内から抜け出す―――!!
ごわんっ。
「こふっ」
…その瞬間、顔面に容赦ない金属バットのフルスイングを食らい、男は悶絶した。当然それを振るったのは、オーヴァー
ドで無いにも関わらず、ワーディングのギリギリラインを勘で読み取り待ち構えていた祐也である。やがてすぐに真琴も
追いついた。
「ああ真琴、とりあえず敵っぽいから一発かましておいたんだけど、良かったか?」
「ぐっじょぶ。ナイス葬らん」
びし、と親指を立てつつ倒れ伏した男の背中に踵を捻りこみ、真琴は僅かに安堵の息を吐いた。超絶マイペースの最強オ
ーヴァードにも、譲れぬ一線というのは存在するのだ。顔はいつも通りの無表情だったが、彼女の心の機微を読む事に関
しては世界一の男は、当然のように彼女に向ける満面の笑みを浮かべ、そっと自分よりかなり低い位置にある頭を撫でた。
「怪我は?」
「うむ、大事無い」
「夕飯どうしようか? 食べにいくのも良いけど、良かったら俺が作るぞ」
「では、そのように。玉子焼きを多めに所望する」
「任せとけ」
何事も無かったかのように、大量の荷物を抱えて家路に着くバカップル。
彼と彼女が本気になれば、それこと一週間で天下が取れるのではないかという気がするが。
二人はこの日常が最も大切なのだといわんばかりに、いつも通り悠々と戦場を後にするのであった。
本当にやりたい放題やってしまって申し訳ナイッス(土下座)
祐也くんはオーヴァードじゃないけど能力値オール8でクリティカル値が4ぐらいであれば良いと思います!(何)
ルール上でもかなり反則技をやってしまってますが、「だって真琴だし」ということで勘弁願いたいッ(逃)