幸せ1on1
「いっちゃん! 今日あたしはいっちゃんの為になることをするぞ!」
いつも通りの日曜の朝、特撮とアニメを制覇してからもテレビを見ていた春姫が、何を思ったのか唐突に宣言した。
春姫に合わせて時間を遅らせた朝食の親子丼を作っていた斎は、一度目を瞬かせてからことん、と湯気の立つどんぶりを
テーブルの上に置く。
「そうか。…春姫、朝飯出来たぞ」
「食べる!」
ぴゃっといつも通りに駆け寄って、「いっただっきまーす!!」と丼飯をかっ込む春姫の様子はいつもと全く同じだ。さ
て、何故急にそんなことを言い出したのかと斎が首を捻っている間に、春姫は朝食を終えて徐に立ちあがった。
「じゃあ、行ってくる!」
「…どこへだ?」
「ぇ〜〜〜…と、芦屋荘!」
しゃきーん!と立ち上がった春姫に問いかけると、逡巡の後に答えが返ってきた。同じく半魔の友人達が大勢住むアパー
トの名前を出されて、納得して斎は頷く。
「ハンカチちり紙持ったか?」
「持った!」
「携帯は?」
「持った!」
「夕飯までには帰って来いよ?」
「解った! いってきまーす!!」
見た目十代後半実際年齢400歳強の女に言う台詞ではないが、二人の間では当たり前のやり取りをした後、両手にハン
カチちり紙と携帯電話を握り締めたまま春姫は駆け出していった。
後に、やはり不思議そうに首を傾げる斎を残したまま。
軽やかな足取りで、春姫は芦屋荘まで辿りついた。古びたアパートの前庭には、小さな子供達が歓声をあげながら、真剣
にボール遊びに興じていた。…真剣すぎるほどに。
「やりますね、セツナ。いろはは、もう一度攻撃します」
「待て! お前のフルパワーが当たったら永久が死ぬ!!」
「見くびらないで下さいセツナ。いろはのコントロールは完璧です、トワに当てるようなことは有り得ません」
「俺なら良いのかよ!!」
「二人とも、怪我だけはしないでねー!?」
「おお、皆今日も元気だな!」
「あっ、春姫さん! おはようございます」
高速でボールを放つ少女とそれを必死で避ける少年のタイマンドッジボールを応援していたもう一人の少女が、門をくぐ
って来た春姫に気づいて喜色を浮かべる。それに気づいた他の二人も手を止めて、春姫の方に近づいてくる。
「おはようございます、ハルキ。何のご用でしょうか?」
「おはよ」
いろははいつも通り無表情のままぺこりと礼をし、刹那は照れくさそうにぶっきらぼうだけどちゃんと挨拶をする。自分
の周りに集まった子供達に、春姫は嬉しそうに笑う。
「おはよう諸君! 今日は皆に聞きたい事があって来た!」
「何を聞きたいのですか?」
こくん、と横に首を傾げるいろはに、春姫は笑顔のままで端を発した。
「大事なひとに日ごろのお礼をする為には、何をしたらいいと思う?」
「…大事なひと、ですか。…非常に難しい質問です。『ありがとうございます』だけでは駄目なのですか?」
いろはは首を傾げたままになってしまう。彼女にとっても大切なひとは今や沢山出来ていたが、先にその事実が立って、
感謝の心というのはまだ上手く表現する事が出来ないからだ。最もだが少々物足りない意見に、春姫が眉を八の字型にす
る。
「それだといつも言えるからありがたみが無いじゃないかー」
「あの…簡単ですけど、何か手作りのものをプレゼントするとか、どうでしょうか? 例えば、お料理とか」
この面子の中では一番常識的判断が出来る永久がおずおずと手をあげる。ぱっと喜色を顔に浮かべた春姫だったが、すぐ
にしゅるるんと沈んでしまう。
「おおっ、それはいいな! …でも、勝手にキッチンに入るといっちゃん怒るから…」
正確には怒るのではなく心配されるのだが、兎に角斎は春姫に自分の城=キッチンに入らないように言い聞かせている。
彼女自身をか、犠牲になる食材をか、はたまたキッチンそのものを心配しているのかは解らないが。
「…結局あいつ相手なのかよ」
何とも不機嫌そうな刹那がぼそっと口の中だけで呟く。春姫に淡すぎる想いを抱いている少年にとって、彼女が最も信頼
する相手に対する感情はかなり複雑だ。
「ん? 刹那、何かいい案あるか?」
「ないよ、別に!」
「そっかー。んーじゃあ別の人に聞きに行こう」
「〜〜〜…」
咄嗟に声を荒げてしまい、春姫は軽い足取りで芦屋荘の中に入っていく。憤懣やる方なく顔を赤くしながら、やはり刹那
は口の中でもごもごと呟いた。
「…お前がやることなら、何でも嬉しいだろあいつ」
悩める少年の適切すぎるアドバイスは、残念ながら春姫の耳に届く事は無かった。
ケース@ 締め切り明け同人作家の場合
「おや春姫ちゃん、久しぶりだねー」
長期間の責め苦から介抱されたらしい南森一郎は、やややつれた顔をしながらも笑顔で娘の友人を迎えた。
「久しぶりだな森! 今日は聞きたい事があって来た!」
「うん、なんだい?」
「森は誰かにお礼をされるならどんなことして欲しい!?」
「へ?」
「ほらっ、たとえばいろはちゃんにとか!」
上手く答えを導き出すために質問を若干アレンジしてみたのだが、この場合は相手が悪かった。ぴたり、と森一郎の体が
硬直し…………、
「…かふっ」
鼻血を吹いて気絶した。
「わー森ー!? 大丈夫かー!?」
「だ、大丈夫だよ大丈夫…あああいろはたん、僕は父親失格だぁ…」
何故か幸せそうに後悔している森一郎が何を考えたのか、動物的勘で嫌な予感を捕らえた春姫はあえて何も聞かなかった。
彼女にとっては僥倖と言える。
ケースA 天使と悪魔の男夫婦の場合
「されたら嬉しい事? そーだなぁ、まぁいろいろあるけど手始めに自分から×××してもらって、その後×××を自分で
××してー、まぁ普段されないことをしてくれるんなら何でも大歓迎なんだけど俺はもぐ」
「くゆっ…! 解ったから、もういいから…!」
質問された瞬間、立て板に水の如く話し始めたくゆの口を、顔を真っ赤にした英瑠が慌てて両手で塞いだ。ちぇー、と口を
押さえられたまま不満そうにしているが抵抗はしていないくゆにほっと息を吐き、英瑠の方が春姫に向き直った。幸いなこ
とに春姫はその手の卑猥なスラングに縁が無く、意味が解らないらしく首を傾げていた。
「黒いのの話はいつも解り辛いな! 白いのはどうだ?」
「…私か? ………………、…何をされても、嬉しいと、思う」
「……あああもう、エルかーわーいーいー!!」
誰のことを思い浮かべたのか明白な顔で、長い沈黙の後ぽつりと本音を呟いた英瑠に我慢できなくなったのか、がばっとく
ゆが首にしがみ付いて奥の部屋まで引っ張っていく。
「そーいう事はドアを閉めてやれー!!」
僅かな言い争いの後に静かになった部屋の奥に流石に慄いて、ぱーんっ!と思い切り安普請のドアを閉める春姫だった。
ケースB 皆の大家さんの場合
「朝から騒がしいと思うたら、そんな事か」
自分で入れた緑茶を一口飲んで、呆れたように美雪は溜息を吐いた。
「だって、いっちゃんにちゃんとお礼したいんだ」
同じく出された茶菓子をありがたくもふもふといただきながら、春姫が不満そうに唇を尖らせる。
「斎の欲しいものでも、礼の言葉と共に差し出せば良かろ」
「…いっちゃんの欲しいものって何?」
「そんな事は自分で考えんか」
ぴしゃりと言い放つと、へふん、と妙な溜息と共に春姫が肩を落とす。珍しく落ち込みモードに入っているらしく、口はき
つくともお人好しな美雪の心臓がきりきり痛む。
「…大体、何故今日急に思い立ったのじゃ」
「今日じゃなくちゃ、だめなんだ」
「…探しものならうってつけの輩がいるじゃろう。あやつに頼んでみてはどうじゃ」
「………あっ! ジンロン!!」
顔見知りの情報屋にして博識な占い師のことを思い出し、春姫が満面の笑みを取り戻す。確かに彼なら斎との付き合いも長
いし、いいヒントをくれるかもしれない。
「大家さんありがとう! 行って来る、ごちそうさまー!」
慌しくばたばたと駆けて行く春姫に溜息を吐きつつ、何故今日限定なのだ?と何気なく美雪はカレンダーを確認する。
「…おい。まさかこのせいではあるまいな」
本日の日付を見直してから、頭痛を感じたらしく美雪は天井を仰いだ。
ケースEX. 彼は何でも知っている
「春姫さん、本日はご苦労様でした」
「うん、結構大変だった!」
全然疲れた様子を見せずにやはりここでも出された茶菓子をもふもふと頬張りながら、春姫は頷いた。目の前の円卓の反対
側には、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた鏡竜がいる。部屋の奥では破砕魔である春姫が妙な動きをしないかはらはら
しているイソラ婆がいるが、春姫は気にせず快活に言葉を紡いだ。
「いっちゃんの好きなもの教えて」
「そうですねぇ…」
自分も一口お茶を飲んでから、鏡竜ははんなりと笑う。
「私より、そういうことは春姫さんの方が詳しいかと思いますけど?」
「…でも、知らないもん」
自分が知っているのは、物腰穏やかで、頭が良くて優しくて、料理が上手なことぐらい。50年以上一緒に暮らしてきたが、
いざとなるとあまり相手のことを知らないことに気づき、そのせいで先程も少し落ち込んだのだ。
「思いつくのは〜、料理に使う鍋とか、おたまとかしゃもじとか…あ、そういえばこの前新しい調味料入れが欲しいって言
ってた」
「それは丁度いいじゃありませんか。プレゼントしてみては?」
「でもそれじゃ感謝の気持ちに足りないよぅ」
ぺた、と円卓の上に体を伸ばす子供のような仕草に、鏡竜はやはり微笑んで首を振った。
「では、私からアドバイスを一つ」
「何っ?」
ぴょこんとすぐさま姿勢を正す春姫を見やり、鏡竜は穏やかだが真剣に言葉を紡いだ。
「この世で一番、斎さんを喜ばせることが出来るのは貴方なんですよ、春姫さん」
「…だったら良いなぁ」
いつになく、儚げに春姫は笑う。相手に見せたくない肝心な部分を飛び越える事は、彼女でも難しい。しかしその躊躇があ
るからこそ、彼女と斎は一緒にいるのだということを鏡竜は知っている。それは決して甘えではない、傷を少しずつ癒して
いく為の優しい時間だ。
それをお互いに作り出せる相手からの感謝が、どんな形だろうと嬉しくないわけがあろうか。
「ありがとー、ジンロン。じゃあこれはお代で」
「おや、ご丁寧にありがとうございます」
出されたお茶菓子ではあるがそれを人に譲るのは身を切られるより辛い事―――そう言いたげに差し出される月餅を笑って
受け取り、「最後にもう一つだけ」とサービスする。
「春姫さん、あの花の売っているお店を知りたいんじゃないですか?」
その言葉に、彼女が満面の笑みを浮かべるのを確信して。
「いっちゃん! おみやげ!!」
そんな言葉と共にでん、とそれなりにラッピングされた箱を渡されて、斎は目を瞬かせた。
「俺にか?」
「他に誰がいる!」
「ああ…ありがとう」
「開けてみて!」
戸惑いつつも受け取り、促されるままに箱を開ける。入っていたのは―――小洒落た感じの調味料ストッカー。
「それ欲しがってたでしょ?」
「ああ…でも何で、」
「あとこれも!」
間髪いれずに手渡されたのは――――――、一輪の、真っ赤なカーネーション。
「………………」
「いっちゃん、いつもありがとう!!」
満面の笑みで礼を言われ。ぐるりと首を回して、カレンダーを確認する。
正しく五月の第二日曜日。
長い長い沈黙の後、ぽつりと斎が呟いた。
「…春姫。今日は、母の日だぞ?」
「うん! …え? だっていつも頑張ってる人にはお母さんじゃなくても感謝していいんじゃないのか??」
「成程、勤労感謝の日と混ざったんだな…」
朝からの妙な調子は全てこれのせいか、と漸く斎は腑に落ちた。そういえば朝方やっていたテレビでは、多様化する母の日
とかで、両親に一度にプレゼントをしたりする人も増えている等と放送していた。それで春姫の常識に関する容量が足りな
い脳味噌の中で混乱してしまい、母親だけでなくてもいい→他の人にも感謝できる?→そんな日があったような気がする→
じゃあいっちゃんに! という結論に達したのだろう。
「…だめなのか? 嫌なのかいっちゃん?」
しょぼん、という擬音が聞こえるほどに、春姫が眉間に皺を寄せる。ぴんと逆立った髪も若干拉げているような気すらする。
「そんな筈はない。…ありがとう、春姫」
否定のために慌てて言葉を紡いでから、斎は自然に微笑んで礼をした。ぱぁっと見る見るうちに春姫の顔が明るくなるが、
若干不満げにも見える。口元が緩んでいるが声だけは怒って、ぶんぶんと両手を振り回す。
「ず、ずるいぞいっちゃん!」
「何がだ?」
「いつもあたしがお礼を言う分、いっちゃんは一回でまかなっちゃうじゃないか! ずるい! だから今日巻き返したかっ
たのに!」
何とも理不尽な言いがかりだが、それはつまり、春姫にとって斎の感謝の笑顔はそれだけの価値があるということで。
「それは、悪かったな」
「うん、反省したなら良し!」
「夕飯食べるか?」
「食べる!」
お互い笑顔のまま、いつも通り夕飯のテーブル―――今日は牛丼だ―――に二人で腰掛ける。
そんな有り触れた、優しい幸せの一日のお話。
実はBBNTのPC達ズを書くのは初めてで緊張したデスヨー。
イメージ変だったらごめんなさい。
そしてあくまではるいつで頼まれたのに気がつけばオールキャラ風になっちゃってごめんなさい(痛)
か…書きたかったんだ…!(我慢せい)