守って!? 守護ゲッテン☆〜始まりの日〜
その日、ソイル選王国のある街では、盟主の誕生祝で盛大な祭が開かれていた。人々は皆広場に集まり、酒を飲み、音
楽を奏で、束の間の喜びに酔う。それに紛れて喧嘩や諍いが起きるのも当然のことで、ガヤンの神官達はそれを収める
ために大わらわになっていた。だから、その隙をついて、恐ろしい計画を実行しようとしていた男がいたことに、誰も
気付かなかったのだ。たった一人以外は、誰も。
「だからぁ、何でわたしがこんなところで足止め食わなきゃなんないの?」
手狭なガヤン神殿の詰め所の椅子に座り、床に届かない足をぶらぶらさせながら、可愛らしい少女が不満げに頬を膨ら
ませている。怒りの顔とは普通そんなに見目良いものではないのだが、彼女の場合それすら中々に愛らしい。聖印であ
る色とりどりの布を合わせた衣装を着けた、典型的なアルリアナ信者だ。外見も表情も子供っぽいのに、足を組み替え
る仕草が酷く大人びていて、そのアンバランスさが更に魅力になっている。
「とぼけるな。こちらの被害者の男性が、君に詐欺を受けたと被害届を出してるんだ」
頭の固そうなガヤン神官は少女の不似合いな色香にどぎまぎとしながらも、努めて冷静に言葉を紡ぐ。隣に座った神経
質そうな男も、不満げな表情を隠せないまま仕草だけは厳粛にうんうんと頷いている。その二つの顔を見比べて、少女
は心底呆れた声を上げた。
「思いっきり濡れ衣ー。わたし、ただお腹空いたなって言っただけじゃない。ご飯奢ってあげるって言ったのはそっち。
きちんとお礼も言ったわ。それなのにそれ以上見返りを求めようとして、拒否したら逆ギレってどういう料簡? わた
し、自分は高く売る主義なの。それっぽっちじゃキス一つにも見合わないわ」
「なっ、な…」
まさに立て板に水の如く喋り終わり、「解ったら帰らせてくれる?」と締めた。絶句してしまった男達が、それでも何
とか反撃の言葉をひねり出そうとしたその時―――
「彼女の言葉の方が理に叶っている。解放してやれ」
「し、しかしエドヴァルドさん…」
後ろから落ち着いた声が聞こえ、少女は思わず振り返る。そこに立っていた男は、ガヤンの聖印はつけていたもののそ
の装束は軍人めいている。神官じゃなくこの街の騎士か何かかしら、と少女は勝手に想像した。
「アルリアナの乙女は立派な商売の一つだ。その相場に関して俺は明るくは無いが、当人達の交渉以前に無理強いしよ
うとするならば、そちらが悪いのは明白。彼女の方を拘束する理由は無い」
理路整然と語る言葉に、男達は反論出来ず肩を落とした。その姿に溜飲を下げ、少女はぱっと立ち上がった。
「ありがと。ガヤンの人にしては優しいのね」
「君も、あまり誤解を招く言動は慎んだほうが良い。この街の治安は良い方だと言っても、危険が無いとは限らないの
だから」
「あはは、肝に銘じておくわ。もう帰っても良いかしら?」
男が頷いたのを見計らい、少女は入り口に向かって軽い足取りで歩き出す。しかしその足はすぐに止まってしまうこと
になるのだが。
「はい、こっちですよー」
「オイ、こら、一体何なんだよ!!」
中々に珍しい光景だった。シャストアのマントをつけた男がにこにこ笑いながら、後ろを歩く男の手を繋いで引っ張っ
ている。しかもその後ろにいる男は、長身痩躯に浅黒い肌、尖った耳を持っている―――エルファだ。森の民である彼
らを街中で見かけることは滅多に無く、少女はまじまじと観察してしまう。
「すいませーん」
「はい、どうなされました?」
また喧嘩か、と半ば諦め気味に出てきた受付の人に、シャストア信者の男はにっこり笑ってこうのたまった。
「落し物のお届けは、こちらで宜しいですか?」
「はぁ…? その、落し物とは?」
「ほら、ここに」
意外な言葉に目をぱちくりさせる受付に対し、男は何の躊躇いもなく手を繋いだままのエルファをぐいと差し出した。
「この街の橋の下に落ちてたんですー。落し物って、探し主が見つからなければ一割貰って良いんですよね?」
「!? !!? テメェ何のつもりだゴルァー!!!」
いまいち自分の置かれた状況を理解していなかったらしいエルファの方も、はっと気付いて声を荒げた。ぶんぶんと腕
を振り、振りほどこうとするが力は互角らしく叶わない。
「だって橋の下で泣いてたじゃないですかー。落し物じゃなかったら迷子ですから、どちらにしろガヤンの方に行こう
かと」
「迷子じゃねえええええっ!! 泣いてもねええええ!! ただその、街ん中に人が多かったから大人しくしてただけ
だっ!!」
「じゃあ、寂しくて泣いてたのね? かわいー」
面白くて、少女はついつい口を挟んでしまった。エルファは唐突に混ざってきた会話にきょとんとして、それからすぐ
にかーっと浅黒い頬を更に濃くし、だから泣いてねええええ!!と絶叫した。つつきがいのあるその姿に、男と少女は
同時に爆笑した。
「今度は何だ…」
騒ぎに気付いたのか、奥の方から先程の軍人が出てきた時に「大変だー!!」と外から慌てた入信者の若者が飛び込ん
できた。
「おい、どうした!」
「え、エドヴァルド様は何処に…っ」
「ここだ。如何した?」
「あああエドヴァルド様! 大変なのです! ゲッテンバウアー卿がっ…!」
若者が発したその名前に、エドヴァルドと呼ばれた男の顔が露骨に歪む。眉間に皺を寄せまくり、額を手で押さえて一
言「またか…」と呟き、何かを振り解くように顔を上げると早足で神殿を出て行く。シャストア信者の青年と少女は顔
を見合わせ、示し合わせたように後を追って走り出す。
「な、コラ、いい加減離せええええ!!」
未だに腕を解放してもらえないエルファを遠慮なく引き摺って。
「オラア、近づくんじゃねぇ! こいつの命が惜しかったらな!」
キャーッと悲鳴が上がり、広場の人垣が割れる。噴水の前に、屈強な男が一人の男の首に腕を回し、人質にしている。
小回りの聞くナイフがひたりと人質の首に押し当てられ、周りを固めているガヤン信者達も迂闊に踏み込めない。
「どいてくれ!」
「エドヴァルドさん!」
喜色を浮かべる部下達に小さく笑顔を見せ、人垣を掻き分けて辿りつき―――エドヴァルドは、脱力した。がくりと膝
まで屑折れそうになるところをどうにか堪え、喉から声を絞り出した。
「…何をやってらっしゃるんですか、ゲッテンバウアー卿…」
「あー、エディー。たーすーけーてー」
暢気な声が、人質から漏れた。その顔はへらへらと笑っていて、緊張感の欠片もない。寧ろそれに刺激された犯人が、
大人しくしてろ!と声を荒げている程だ。
「誰なんですか、あの人?」
「…この街の盟主にして、俺の上司だ」
「大変ねー…」
「おう、なんだなんだ、何の騒ぎだ?」
後ろからひょいと顔を見せた垂れ眼のシャストア信者に、エドヴァルドは低い声で真実を述べる。アルリアナ信者の少
女がしみじみとそれを労い、エルファの方は未だに何が起こっているのか理解できないようだった。
「…何者だ! 要求を聞こう!」
「誰だテメェは!」
「今お前が人質にしている方はこの街の盟主だ。人質ならば俺が代わる、その方を解放しろ!」
「け、冗談言いやがれ! こんな暢気なオヤジが盟主様なわけあるか! お断りだ、ガヤンの奴は得てして素手でも強
ぇからな! おおっと近づくな! 魔法を使うそぶりを見せてみろ、ぐさりと行くぞ!」
「エディー。この人結構本気だから気をつけてー」
「まず金だ! それと逃走用の馬を用意しろ!!」
「ステレオタイプな要求ですねー。もうちょっと思想とか何かあるのかと思ったんですが」
「それがあったらこんなにぎやかな場所で、わざわざ一人で人質騒ぎなんて起こさないんじゃない?」
「それもそうですね。唯の欲求不満の賑やかしですか」
「…人事なのは解るがもう少し黙っていてくれ」
「あ、お気に障りました?」
後ろでごそごそ暢気に話している二人をじろりとエドヴァルドが睨む。すみません、と全然悪びれていない表情で男の
方が頭を下げ、少女が自信満々に胸を張った。
「大丈夫よ。わたしの魔法なら、あいつをあっという間にボケボケにしちゃうから、貴方がその隙に人質のおじさまを
助ければ良いでしょ?」
「ちょっと待ったあ! 狩なら俺の仕事だぜ! あの騒いでる奴をぶっ飛ばせば良いんだろ? 任せとけって!」
漸く辺りの事情を理解したらしいエルファがこちらも自慢げな声をあげ、腰に下げた珍しい木の実を取り出した。狼の
種族・プファイトのみが使える爆発する木の実だ。これをスロウアーに詰めて敵にぶつけると種を当たりに撒き散らし
て弾ける、強力な武器である。
「協力には感謝する。だが…奴は魔法の有効範囲を良く知っている。この距離ではどんな使い手でも効果を表すのが難
しいだろう。かといって近づいたり魔法を使うそぶりをすればすぐに気付かれる。その武器も、狙いをつけなければ命
中させられない上に、迂闊に投げれば卿や他の人に被害が出るかもしれん。それを防がなければ浅慮な行動は
出来ない」
明確な分析に、少女もエルファも不満げながら黙ってしまう。確かに一理あるし、何も関係ない一般市民を巻き込んで
しまうことは本意ではない。
「つまり…あの犯人に気付かれないうちに近づく方法があれば、万事オーケイなんですね?」
今まで黙っていたシャストア信者の青年が不意に話し始め、全員の視線が彼に集まる。奇抜なピエロのようなメイクを
したその青年は、臆することなくにっこり笑った。
「いい方法が有りますよ」
「影は幻、幻は影、あるべきところにあるものよ、今は眠りその姿を消せ」
小さく紡がれた言葉とともに、月から贈られた不可視の波動が少女とエルファに降りかかる。見る見るうちにその姿は
掻き消えるが、未だ騒ぎ続ける犯人に注目する沢山のギャラリーの中でそれに気付いた人は殆どいなかった。
『わぁ、すごーい』
「しー。これはあくまで姿を消すだけです、音は消せませんからくれぐれも静かにお願いしますね」
『よっしゃあ、任せろ』
虚空から聞こえてきた少女の言葉を、唇に指を当てて諌める。エルファの方も声を潜め、するすると気配を消して動き
出した。流石森の狩人と言われるだけの身のこなしだった。
「俺が気を引いておく。なるべく近づいて、魔法を使ってくれ。人質が解放されたら攻撃を頼む。…<透明>はどれぐ
らい保つ?」
「水がお湯に…なるぐらいまでの時間…ですかね…すいません、私の体力では、それ以上は…」
「ああ、充分だ。お前は維持を続けてくれ」
「アヴェスタ…です。気軽に…あっちゃんと…読んで下さって、結構ですよ…」
「…ちゃんと集中してるか?」
魔法の効果を保つ為に、アヴェスタと名乗った青年は指を結んだまま立っている。口元には変わらぬ笑みが浮かんでい
るが、額には玉の汗が浮かんでいる。全神経を集中している証拠だ。それでもふざけた軽口が叩けるのは、この世全て
を物語として扱うシャストアに仕える者としての相応しい行動だからか。
「おいっ!! まだか!!」
苛立つ犯人の声が広場に響く。動けないアヴェスタの姿が見えないように背中を向け、エドヴァルドは二人に向かい合
う。
「今用意した。もう暫く待て!」
「応援を呼んだんじゃないだろうな!」
「していないと信じてもらうしかない」
本当、生真面目ですねぇという突っ込みが後ろから聞こえたが聞こえないふりをした。
「人質を解放してくれないか。もうお前には必要ないだろう」
「この街を抜け出すまでは人質だ」
「あー、それはちょっと困るんだけどね〜。仕事が滞るとエディに起こられるし〜、おせんべい買いに行かなきゃいけ
ないし〜」
「何の話だー!!」
「貴方は黙っててください…」
内心冷や汗をかきながらも、エドヴァルドは犯人の意識が逸れている事に感謝した。これならば―――――
「くそ、お前ら馬鹿にしやがって! 血を見せてやれば少しはわか――――」
興奮の更に高まった声が、がくんと不意に止まった。目が虚ろになり、虚空を見詰めたまま腕の力も抜いてしまう。そ
の瞬間空気が揺れ、何も無かったところから桃色の風が現れた。<心神喪失>の呪文をかけた彼女が。
「だから言ったでしょ? このわたし、レキちゃんに任せておけばイチコロだって♪」
腰に手を当てて、高く結い上げた髪を満足げに後ろに流してみせる少女と同時に、がくりと後ろで膝をつく音がした。
<透明>の維持が限界に達したアヴェスタがしゃがみこんでしまったのだろう。振り向く暇はなく、全速力でエドヴァ
ルドは駆け寄り、ぽかんとしているらしい上司の手を取り引き寄せる。
「食らいやがれええええ!!」
同時に現れたエルファの充分に狙いを定められたプファイトが、振りかぶられる!
「殺すな!!」
「―――チィッ!!」
咄嗟に叫んだエドヴァルドの声に、舌打ちしながらもエルファは狙いをずらす。爆発する木の実は、犯人の足元でまと
もに炸裂した!
パアアン!!
「ぐわああ!!」
正気に返れないまま男は爆発を味わい、悲鳴を上げて仰け反った。エドヴァルドは上司を後ろに追いやり、素早く男の
腕をとり、拉ぎ、石畳の上に倒して捕縛した。わあっと辺りから歓声が上がる。見事な捕り物劇だった。
「咄嗟とは言え済まなかったな。感謝する」
「へ、良いってことよ! このグリーク様に任せときな!」
気絶している犯人をガヤン神殿に引き渡し、エドヴァルドは得意げに鼻を擦るエルファに礼を言った。
「ドキドキしたけど面白かったぁ! だいじょうぶ?」
「はい、もう平気です。ありがとうございます」
レキもしゃがみこんだままのアヴェスタに手を貸して立ち上がらせる。足元はまだふらついているが、大したことはな
さそうだった。
「いや〜。ありがとうありがとう、よく頑張ったねエディー。勿論、他の皆さんも」
「…ゲッテンバウアー卿。これに懲りたら、仕事をサボって街に出るのを少し慎んでください」
へにゃ、とした笑顔で何事も無かったように皆に近づいてきた上司に、エドヴァルドは眉を顰めながらも礼を取る。
「あはは、ごめんね〜。ちょっと祭をうろうろしてたらさ、いかにも目つきのヤバイ彼がいてね〜。この辺りの警備に
エディが出るのは知ってたから、つい、ね」
笑顔を絶やさないこの街の盟主の言葉に、一同暫し沈黙する。
「…ゲッテンバウアー卿」
「うん? 何かな?」
「全部承知の上で騒ぎ起こさせて人質になったんですか貴方は…!!」
「だって〜、迂闊に何も知らない一般の人がうっかり巻き込まれて、怪我したら大変じゃない?」
悪びれもせずにさらりと言い放つ笑顔の上司に、今度こそエドヴァルドはがくりと膝をついた。
「…じゃあ、全ー部計算ずくだったの? 性格悪い〜!!」
「あはは、酷いなぁ〜。エディ達のことを信頼してたからダヨ☆」
「もしかして、私達が巻き込まれるのも計算のうちだったりします…?」
「そこまでは流石の僕も解らなかったな〜。腕に覚えのありそうな人がギャラリーにいるなぁとは思ったけど〜」
「へ? ? 何? 何の話?」
ぷーっと頬を膨らませるレキと、米神に指を当ててやれやれと嘆息するアヴェスタ、やっぱり理解していないグリーク
を順番に見て、やはり盟主はにっこり笑った。
「いいチームじゃないか、バランスも取れてるし。即席にしては、ちゃんとチームワークも取れてたし。暇がある時で
良いから、軍の詰め所の方においで。仕事は結構有るし、ガヤン神殿からの報奨金よりは沢山お給金も出せるしね〜」
それじゃ僕は行くよ〜、と言いたい事だけ言ってゲッテンバウアー卿はぽてぽてと歩いていってしまった。
「…本当、大変ね貴方も…」
「…長い付き合いになるが…未だにあの人には勝てる気がせん…」
「月のお導きだと思って、諦めたほうが気が楽になるかもですよ」
「止めてくれ…祈りの言葉にこれから邪念が入りそうだ…」
「おい、だから何なんだよー!」
ようやっとエドヴァルドは立ち上がり、膝の泥を払うと三者三様の顔を見せる彼らを促す。
「取り敢えず、手伝って貰った礼に夕食でも奢ろう。これからの事は…ゆっくり考えるしかあるまい」
「やったー! ごはんごはんっ♪」
「私には異論は有りませんよ? 退屈はしなさそうですし」
「誰でも良いから話聞けー!!!」
口々に騒ぎながら、彼らは揃って歩き出す。
友となり仲間となる瞬間など、得てしてこのように偶然が重なったものに過ぎない。
これからどのような道を歩いて行くのかは、皆自分で決めていくのだから。
To be continued.
仲間内でTRPGセッションをやるに到った際、PC全員の出会いを小説で書いてください☆とGMに言われて頑張ってみました(痛)。
俺が勝手に書いてええのんか、と思いつつも推敲を皆さんにお願いしたところ、概ねオーケイだそうで胸を撫で下ろしておりまする。
地名とか年度は書いた当時(今も)はっきり決まってないのでぼかしてあります。後はプレイの中で作るべきさ。(逃)